翠の風は悪戯に
 

 “本音も甘くてごめんなさいvv”



春を迎えたあちこちで、それは可憐に華やかに
様々な花々が麗しい姿を見せてくれつつ、
それを脅かす無情の風嵐も少なくはないのがこの時期で。
桜を散らしたそれやら卯の花を俯かせたあれやらと、
結構な勢いの大雨も襲い来るのが日本のこの時期にはつきものなのだとか。
だからこそ、洗われたような若緑の中に、
シャクナゲやツツジ、藤に牡丹、
紫陽花や菖蒲などなどがいや映えて、尚更に美しいのかもしれぬ。
今時は舶来のバラや大きなユリなぞもそりゃあ見事な花を開かせており。
しかもしかも、普通一般のご家庭でも丹精なさっておいでなものだから、
思わぬ街角、見知らぬお宅のお庭にあふれる麗しの花々が
そりゃあ沢山見受けられるのが嬉しい季節の到来でもあって。

 “春も好きだけど、この緑の季節も好きだなぁ…vv”

清廉な空気もちょっと意地悪な青い突風も、
すがすがしくて気持ちがいいし。
何といってもお出掛けしたくなるいいお日和が増えるのが、
リア充が苦手なインドア派にしては微妙に矛盾してもいる、
いやいやそもそもは
世界中の生き生きした存在へ“祝福あれ”と発信したい所存のイエス様。
開祖様におかれましてはそれこそ微妙な特性かも知れないけれど、
……ちょっと人との付き合いが不器用なだけだよね?(う〜ん)

 「♪♪♪〜」

今日もなかなかにいいお日和な中、
浅草土産のキャップからはみ出して肩や背へと流れる髪を弾ませ、
スキップの出来損ないを踏みつつ、
鼻歌混じりにどこかからご帰還のご様子。

 チェッチェッコリ チェッコリサ
  リサンサ マンガン サンサ マンガン♪

CMで聴いてから何だか耳から離れぬ歌を、
でも歌詞は此処しか知らないのでと、
オルゴールか溝の切れたレコードみたく
繰り返し繰り返しハミングしつつ、
小さなアパートのお二階、わが家へのステップを駆け上がり。

 「ぶっだぁ、ただ…。」

それはご陽気なテンションのままに、ただいまを宣しかかって、だが、
ハッとその声を途切れさせたは、なかなかの反射といえよう。
というのも、ガチャリバタンと開いたドアの向こう、
コンバースを脱ごうとかがみかかった所作の中をよぎった何かがあって。
玄関から真っ直ぐ見通せる唯一の居室の六畳間に
徒やおろそかに看過してはならぬ、
もっと砕いた言いようをすれば うっかり見過ごしちゃあなんねぇぞという状況が。

 “えっとぉ…。”

一番苦手なことかも知れない、でもでもここは頑張らねばならぬとばかり。
まずは背後で閉じかかってたドアを後ろ手に手のひらで受け止めて、
静かに閉まるよう、そぉっとそぉっと制御して。
それから上がり口の小さな段差にわざわざ手をついて
膝もついての四つ這いになり、
ごそそと静かにスニーカーを脱ぐ。
いつもなら かかと同士を擦りつけ、なかなかにぎやかに脱いでるところ、
そおっとそおっと、全力でもって気配りをし、

 「〜〜〜。////////」

姿勢を低めたまんまのほぼ這うようにして、
そのせいで、顔の下へと垂れた自分の長っとろい髪の先を押さえかけては
畳へ向けて顔からつんのめりかかってもなお、
そぉっと上がってった先の先にあったものへ。
息を止めて尚のこと気配を薄くするほどの注意深さで、
お顔からにじり寄ってみていたり。

 “…わぁ〜〜、ブッダったら寝てるじゃない。/////////”

どうしたのかな
苦しそうな気配はないから転寝なんだろな
ああでも、窓が閉まっててよかった
だっていつぞや小鳥や猫がいっぱい入り込んで、
涅槃と勘違いされて乗っかられた挙句、
その上、松田さんからも餌付けしてないかって疑われたもんね
…などなどという思考が一応は脳内を巡ったけれど。

 「〜〜〜。///////」

胸の内では、というと、
ただただ萌えの微熱が込み上げるばかりのイエスだったりし。
だって、イエスだけが出かけたとか、それぞれに別の御用があったとか、
そんなこんなでお留守番することとなった折のブッダは、といえば。
何をそんなに生き急いでいるものか、(なんか引用が変です、イエス様。)
身の回りの整頓やお料理やという家事は勿論のこと、
今日みたいにお天気がいいのなら大掃除もどきで畳を上げたりしかねないし、
スマホの中のデータやネタ帳の整理、
なんなら3カ月分の家計の長期計画なんてものまで捻り出しちゃうほどに、
何かしらを手がけている働き者で。
本当に何もすることがないならないで、
愛読書の手塚ライブラリを開き、その世界に耽っているところ。
それが今は それのどれも当てはまらぬまま、
右腕の二の腕を枕にし、身をゆったりと伸ばす格好で、
卓袱台の傍でそれは穏やかに眠り続けているのだもの。
こっちの気配に気付いた途端に逃げ出しちゃうだろう、
人慣れしてない仔猫や蝶々がすっかり油断していて
安堵して休んでいるところへたまさか行き合わせたような、
それと良く似た奇跡の巡り合わせに ワクワクが止まらないイエスだったようで。

 “…起こした方がいいのかなぁ。”

何で起こさないのとそれこそ不審がられてしまうかな?
だって気持ちよさそうだし、
睫毛の陰が頬に落ちてるまろやかな寝顔は今朝ぶりで
もちょっと見ていたかったしvv

 “朝寝の時の寝顔は、髪もほどけてて、可愛いばっかなんだけどvv”

今の釈迦牟尼様はというと、頭もすっきりした螺髪のままだし、
そのせいで隅々まであらわになっているお顔も、
どこか雰囲気が違って見えて。
慈愛の如来というだけあって、
何物をも受け入れますよということの表れか
まろやかな線ばかりで構成された、
それは優しくも麗しい大好きな人の安らぎのお顔は、
観ている側の心持ちまでふんわりと温めるよな、
何とも言えない幸いに満ちていて。
軽く合わさった口許の瑞々しさとか、
もちょっと暗い中だと、こっちもムズムズしちゃう色香も載っているけれど、
今はむしろ…知的な凛々しさで引き締まっていて頼もしく。

 “…凛々しいところもあるのがズルいなぁ。”

おや。
ただただ礼賛かと思ったら、
むむうと口許が尖るよな、不満な要素も見つけたか。
目許にやや降りかかる前髪越し、
大好きなはずの顔容へちょっぴり物申すというお顔になったり。

 “目許もくっきりしていて、
  口許も笑ってない時はキュッと引き締まってて、
  本来から言えばイケメン顔なんだよね、ブッダって。”

律儀というか責任感が強いというか、なんでも引き取っちゃうというか、
どんな境遇にあった人へも言葉を届かせたいからと、
天界にいてもなお 様々な苦行を積んでたし。
お勉強も欠かさない性分が抜けないか、
瞑想なら何日だってじっと動かずいられるくせに、
何にもしないでいるのは苦手か、
お料理もお裁縫もこなすようになって、
いつの間にか主婦の皆様から頼られるほどになってるし。

 “そもそも、その気になれば象投げで優勝したほどの人だものね。”

まま、それは極端な話だが、
王子時代の研鑽の蓄積もあって、
その身の鍛えようは半端なアスリートも顔負けで、
イエスを床の位置から姫様抱っこして立ち上がるなんてお茶の子…

 “それを思い出させるのは なしっ!/////////”

ああはいはい、すみません。(笑)
普段からすぐ真っ赤になる純情さとか、
嫋やかな麗しさを愛でているものの、
実はそのくらいも雄々しい君であり、しかもしかも

 “腕力とか引っ張り出さなくとも、
  真顔で ちょっとそこへお座りなさいと言うだけで、
  凄まじい覇気を放てるなんてやっぱりズルいなぁ。”

いやまあ、それこそが本領発揮と言いますか、
イエス相手の叱責に限らず、
言を尽くして説教して説き伏せるのが
教祖様のなすべきところなんでしょうしねぇ。
凄まじい覇気って、
そんなあなた、ファンタジーもののヒーローの必殺技じゃないんだからと、
やや呆れた場外からの声が届くより先に、

 「……ん。」
 「…っ!」

イエスの身から滲んでいたバラの香りやワイルドオレンジの香が届いたか、
それともワクワクしている気持ちが例の指輪で伝わったものか。
今時にそろそろ見頃なそれ、
泉水の上へ顔をもたげる蓮の蕾がゆるゆると開くよに。
とろんとした様子のまま、その双眸をうっすら開いたブッダであり。
まだ意識がぐるぐるしているものか、
目の前に来ているものが何なのかも把握できないでいるらしかったが、

 「…え?」

さすがは聡明にして冷静透徹、
ついでに折り目正しき所作態度を常の基本としておいでの釈迦牟尼様。
するするするっと意識のピントが合うのに連なり、
目の前にいるのが誰か、自分がどんな状態かにも把握が素早く及んだようで。
その答えが、

 「わ、わ、あのあの、あ・お帰りイエス。//////////」

寝こけてたなんて恥ずかしい、お帰りって言ってあげてないね御免と、
混乱したのが手に取るようで
そのままポンッと螺髪までほどけるから取り乱すにもほどがある。

 「ブッダ、いいから落ち着いて。」
 「で、でも…。////////」

もしかして心配した?倒れてんじゃないかって怖かった?と、
そこまで口走りかかるのへ。
慌てて身を起こすのへの手助け、
こちらからも手を伸べて差し上げたそのまま、
グイッと引き寄せ、
空いた手で自分の頭から茨の冠を引き剥がし、

 「なんか奇跡起きちゃうかもだよ? 落ち着いて。」
 「あ……。////////」

そうと囁きつつ、間近になったお顔の真ん中、
玻璃色の双眸がめっと軽く眇められ。
十代の少年少女の睦事初めのようなノリ、
うっと口ごもった隙を衝いて
やわらかでまだ午睡の余熱に暖かい如来様の口許、
チュッとついばんだイエス様だったのでありましたvv




    〜Fine〜  16.05.19.


 *先の拍手お礼へのアンサー篇と言いますか。
  ブッダの側がイエスの無表情な寝顔へ思うことと、
  微妙に重なってませんか? それ…という
  結局はお惚気なんですがね。(笑)

  ちなみに、冒頭でイエス様が口ずさんでいるのは
  よくCMで使われているあの曲です。
  今もイチロー選手が出ているNTTのCMで流れておりまして
  高校の科学で習う元素の周期表を思い出すのは私だけでしょか?
  ガーナの民謡「Che Che Kule」という歌だそうです。

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